2024.07.05

医療現場に欠かせないプラスチック Part1

医療現場に欠かせないプラスチック Part1

注射器のシリンジ(注射筒)はなぜプラスチック?

一度使った注射器は消毒しなければダメ

ラジオを聞いている人なら1日に1回は聞いているコマーシャルの1つにB型肝炎の訴訟・給付金請求に関するものがあります。日本では1948年から1988年まで小学生を中心に結核予防のためのBCGなど集団予防接種やツベルクリン反応検査を受けていました。当時は、ツベルクリン反応検査やインフルエンザ予防接種に使用した注射器はガラス製、注射針は金属製で、使用後に消毒して再利用する方法が主流でした。ウイルス性感染症を予防するため、注射器、注射針は十分に消毒をすることが求められました。しかしながら、ケースによっては消毒が十分ではなく、使いまわしによって、B型肝炎などのウイルス性感染症が拡大してしまいました。

一方、科学技術の発展により、注射筒とプランジャーはプラスチックに代わり、注射針とともに、使い捨ての注射器が普及したことで、現在ではこうした不衛生な状態での予防接種などによる感染症の危険はなくなっています。

ガラス製の注射器

使い捨て注射器でパンデミックを克服

世界的なパンデミックとなった新型コロナウイルス感染症ですが、日本では2023年5月8日から感染症分類がそれまでの2類から5類に移行され、コロナ禍前の日常が戻ってきました。コロナ禍からの脱却に大きく寄与したのがワクチン接種。ワクチン接種の現場においては、管理が容易なプラスチック製の使い捨て注射器が活躍しました。

日本では2024年4月までに合計4億3,619万回(厚生労働省)の新型コロナワクチン接種が実施され、行動制限などで変容した日常をようやく取り戻せました。

新型コロナワクチン接種で使われたプラスチック製使い捨て注射器

使い捨て注射器に使われるポリプロピレン(PP)

新型コロナワクチン接種の現場で活躍したプラスチックの注射器にはポリプロピレンという汎用性の高いプラスチックが使われています。原油を分留してえれるナフサという液体を熱分解してエチレンやプロピレンなどのモノマーを製造します。このうちプロピレンに触媒(化学反応をすすめる物質)をまぜて、高温・高圧で化学反応させると、プロピレンが重合して、ポリプロピレンができあがります。

ポリプロピレンが使われているのはシリンジと呼ばれる注射筒の部分と注射液を押し出すプランジャーの部分で、どちらも射出成形という方法で作られます。

注射器は軽量で耐薬品性(アルカリや酸に侵され難い)・耐衝撃性・成形性に優れた素材が求められますが、ポリプロピレンはこうした要求を全て満たしています。注射器はヒトの組織が医療用プラスチック製品に対する異物反応や拒絶反応を起こさないよう厳しい品質管理が行われていますが、ポリプロピレンの持つ耐薬品性がそうした物性要求を満たすのに役立っています。

ポリプロピレンは新型コロナウイルス感染症で知られるようになったPCR検査キットのチューブにも使われているほか、遺伝子解析用の容器にも使われるなど、さまざまな医療器具に利用されている重要な素材です。

 

参考リンク:ポリプロピレンってどんなプラスチック?やさしく解説!|プラスチックとリサイクルに関する学習支援サイト|プラスチックのはてな(pwmi.jp)

コロナ禍で多くの命を救った人工心肺装置

肺炎患者の治療に使われた人工心肺装置「ECMO(エクモ)」

新型コロナウイルス感染症は2類から5類へと移行し、インフルエンザ並みの感染症の基準となりました。現在はマスク着用も個人の自由となり、行動制限もなく、コロナ禍前の日常が戻っています。

新型コロナウイルスが猛威を振るった期間、テレビのニュースなどでよく耳にした言葉の1つに「人工心肺装置」があります。新型コロナウイルスの感染は、罹患した患者に重い肺炎をもたらしました。こうした重症の肺炎患者の治療に使われたのが人工心肺装置「ECMO(エクモ)」です。ECMOはExtra-Corporeal Membrane Oxygenationの略で、心臓機能と肺機能を代替する役割を果たします。日本語では「体外式膜型人工肺」といいます。

新型コロナウイルスに感染し、肺の機能が悪化した患者に対して、酸素吸入や人工呼吸器では救命が困難な重症の呼吸不全、循環不全のうち回復が見込めるケースで使用され、多くの命が救われました。

ECMO(写真提供:泉工医科工業株式会社)

人工心肺のフィルターに使われる中空糸膜

人工心肺の重要なパーツの1つが中空糸膜フィルターです。血液に酸素を供給する役割を担います。中空糸膜とは、ストロー状の中空糸多孔質体で、その壁には小さな穴がたくさん空いています(多孔質壁)。細い管の多孔質壁から特定の気体や液体だけを通す役割を果たします。

人工肺は静脈血をフィルターに通して酸素を添加することで、血液を酸素化して体に戻すという、体内における肺の役割を担っています。中空糸膜は、中空糸の外側に血液を流し、内側に酸素を流す事によって、多孔質壁を通り抜けた酸素が血液に摂り込まれます。ECMOに使われる中空糸にはポリプロピレンやポリメチルペンテンが使われています。

※ポリメチルペンテン:密度0.83g/cm3は熱可塑性樹脂としては最小、融点230~240℃でPEやPPよりも高い。食品用ラップフィルム他に使用

ECMOに用いられる中空糸膜(写真提供:DIC株式会社)

中空糸膜は様々なプラスチックの組み合わせ

中空糸膜はECMO以外にも様々な用途に使われています。例えば、空気ろ過フィルターではポリエチレン製の中空糸が使われています。たくさんの細い中空糸膜を束ねた構造は、コンパクトでありながら、平面構造の膜に比べて大きなろ過面積を確保することができます。また、水のろ過フィルターの中空糸にはポリエチレンやフッ素樹脂の一つであるポリフッ化ビニリデンが使われています。

※ポリフッ化ビニリデン:他のフッ素樹脂と同様に耐熱性や耐薬品性に優れており、また融点と熱分解温度の差が大きいため、加熱による加工がしやすい。糸以外にバルブやポンプ用射出成形品他に使用