2012.03.17
プラスチック処理促進協会講演会 「カーボンフットプリントとLCAの今後」
環境負荷を示す指標の一つとして注目される「カーボン・フットプリント・オブ・プロダクト(CFP)」と、その評価手法「ライフサイクルアセスメント(LCA)」の動向は、日本企業・社会にどのような影響を与えるのか。社団法人プラスチック処理促進協会は2012年2月13日、「カーボンフットプリントとLCAの今後」と題して講演会を開催した。
稲葉 敦 氏 プロフィール
工学院大学工学部環境エネルギー化学科教授。ISO/TC207/SC7-WG2(カーボンフットプリント)国内委員会委員長、 ISO/TC207/SC5(LCA)国内委員会委員長を務め、ISO/TC207/SC7-WG2、ISO/TC207/SC5-TF(TS14048データフォーマットの見直し)Expert、UNEP/SETAC Life Cycle Initiative, International Life Cycle Panel Vice chairなど、国内外で環境基準づくりに関わっている。
製品のカーボンフットプリントとは?
カーボンフットプリント(以下CFP)とは、原材料の調達から製品の製造、流通、使用、廃棄までの5段階で「どこで」「どれだけ」CO2を始めとする地球温室効果ガスが排出されたかを「見える化」すること。それにより、排出削減を進めようというもので、事業者にとってはサプライチェーン管理(トレーサビリティ)をアピールでき、消費者にとってはグリーン購入の指標になる。CFPはCO2だけではなく温室効果ガス全体を計量するが、ここでは以降簡単にCO2と表記する。
2006年12月にイギリスのテスコ社(イギリスを本拠地とする巨大スーパーマーケット・チェーン)が実施宣言をしたのが始まりで、翌年1月に同じくイギリスの食品会社ウォーカーズ社が最初にCFPマークを製品につけた。これに刺激され、日本では08年に福田総理(当時)が「低炭素化社会・日本」を打ち出し、国内で試行事業を行うとともに、国際的ルール作りに参加していく方針を出した。試行事業は09年度~11年度までの3年間は国が行い、12年4月から民間が実用化を進めることになっている。ISO(国際標準化機構)ではワーキンググループの検討が続き、これも12年の12月頃に国際標準が決まることになっている。
日本では試行事業の中で09年10月に、イオンのうるち米、サラダオイル、衣料用洗剤のCFP算定結果と表示方法が認められ、これが国内初のCFPマークのついた製品となった。マークはCO2排出量の総量を記すが、それとセットで、原材料の調達から製品の製造、流通、使用、廃棄までの5段階の内訳、あるいはそれを集約して3段階にした内訳を見せることもある。
試行事業では、「カーボンフットプリント・ルール検討委員会」が「制度の在り方(指針)」及び「商品種別算定基準(PCR)策定基準」を作った。11年4月にはルールの改定があり、ピーマンのように1パッケージのCO2が見せられないときは100g当たり何g、電球であれば1時間当たりの時間など、単位量当たりの表示を認めることにした。ルールは非常に細かく、卵の使用維持管理22%というのは、冷蔵庫に保管する電力量が算出対象に含まれているため。生姜焼きのたれも使用段階での冷蔵保管が算出対象だが、焼き肉のたれは1回で使いきるため冷蔵保管は対象に含まれない。このようにして73製品についてのルールが決まり、現在94社、457個の商品がCFPの認証を受けている。ルール作りで難しいのは、菓子など多種類あるものは、大きなカテゴリーでは基準範囲が広すぎ、あまり小さく○○味のアイスクリームなどに限定するとその商品にしか適用できないという問題が出てくることである。
CFPは4月からは民間事業に移行する。自主事業として独自に算出・表示してもよい。セブンイレブン、丸井などは独自にマークを作っている。
海外のカーボンフットプリントの現状
イギリスのテスコに続き、フランスではスーパーマーケット・チェーンのカジノ、日本ではイオンが最初に取り組み、どこの国も、小売業者が一生懸命取り組み始めると、上流の生産者はやらざるをえないという流れになっている。
イギリスは環境・食料農林地域省が統括し、ISO認定機関であるUKAS(ユーカス)から認められた四つの第三者認証機関が認証を行う。マークは政府出資の非営利企業であるCarbon Trust 社とその子会社であるCarbon Trust Footprinting 社が実際の制度運営を行っている。
このマークを誰が持つかが大きな問題となる。最近、テスコは認証費用が高すぎるため撤退すると発表した。その反面で、テスコは米国ウォルマートが始めた「サステナビリティ・コンソーシアム」に参加することを明確にしている。
フランスは、サルコジ大統領の下で、環境ラベルの貼付義務化を予定していたが、これをやめて11年7月から試行事業を始めた。統一ラベルはなく、各企業が試行事業に登録して自由にすすめている。フランスでは、CFPだけでなく、水の消費と富栄養化などの3つを表記する。3つの分野を足して(総合化して)単一指標にしている例もある。たとえばこれは、100g当たり2.6%と書いてあれば、この商品は、あなたが1日に食べる食料品の環境影響の2.6%を占めていますということになる。
韓国は12年1月末で98社502製品がCFPマークをつけている。韓国は、CO2の排出量だけでなく、従来品よりCO2を減らしていると認証されたものに下向き矢印をデザインしたローカーボンプロダクト認証マークを貼るということを始めた。食料品や日用品などのほか、エネルギーを使わない耐久財、エネルギーを使う耐久財もあり、自動車にもつける等、日本より幅広い商品につけている。
台湾、タイも積極的に進めている。大手が導入すると、それに従ってやらざるを得ない雰囲気があるため、発展途上国の方がCFPに対する関心は非常に高いといえる。
国際的ルール作りの現状
ISOでは14000シリーズのTC(テクニカルコミッティ=技術委員会)207の下にあるSC(サブコミッティ=分科会)7で製品のCFPを検討している。SC7は温室効果ガス(GHG)のマネジメントを扱う分科会。組織のカーボンフットプリントもSC7で扱っている。SC5はLCA(ライフサイクルアセスメント)の規則を全部決めてきたところで、今度はウォーターフットプリントや組織のLCAもここで検討する。なぜかというと、もともとカーボンフットプリントはLCAの手法で算出するのだから、この分科会の課題であったものを、温室効果ガスの分科会にとられてしまったという思いを持っている人達がいる。そのため、ウォーターフットプリントや組織のLCAはこちらでやるということになった。このあたりにISOの中の課題のとりあいがある。
GHGの会議では11年11月のカナダ・トロントで行われたのが最新のもの。ここではCFPの規則が検討され、①発生させた二酸化炭素を別の方法で相殺するカーボンオフセットは認めない、②土地変化によるCO2は重要な場合に計算する、③化石燃料起源と生物起源カーボンは分けて書く、④飛行機による排出量も算定する、⑤自社の同じ製品は削減率を計算できる、などが決まった。飛行機の排出も算定することに対しては、自国で生産して飛行機で欧米の消費地に商品を運ぶアフリカの人たちが強く反対したが、算出の対象になった。
またこの会議ではコミュニケーションの部門で、LCAの結果を外部に見せ、第三者に認証してもらう方法が5つ確認された。一つは外部機関による報告(エクスターナルレポート)、二つめがパフォーマンス・トラッキング・レポート、いわゆる年次環境報告書。三つめ、主張(クレイム)。四つめはラベル(エコマーク)、五つめがカーボンフットプリントである。どれも、第三者認証を受けてもいいし、認証を受けなくてもいいが、レポートは書かなくてはならない。
なぜ、これがISOで扱われるのかというと、世界の大企業が集まっているWRI/WBCSD、すなわちWRI(世界資源研究所)とWBCSD(持続可能な開発のための世界経済人会議 )とが協力して、08年から「製品」と「組織」のGHGsの測定と報告のためのスタンダード作りを開始したという経緯がある。
ここで自分たちが決めた製品のCFPの規則をISOに持ち込み、いまはセクターガイドと組織のCFP規則を作っているという流れである。製品のカーボンフットプリントは、従来はこの製品をやるときには必ずこの計算をしなさいというルールだったが、セクターガイドとは、この「商品群」はこれを守らなければいけないというもので、例えばICT(インフォメーション・コミュニケーション・テクノロジー)、つまりパソコンなどのセクターガイドでは、インフラとして扱うとき、サービスとして扱うときなど細かく業態ごとにルールが作られている。この会議にはアフリカが3社、ヨーロッパ56社、その内イギリスだけで27社入っている。アジアパシフィック39社の内、韓国4、台湾4、日本はゼロ。
このように、われわれの知らないうちに、世界的な製品のCFPのセクターガイドが作られつつあるのではないかと、現状を心配している。
組織のカーボンフットプリント
組織のCFPとは企業の温暖化ガスGHGをどう算定するか、その計算方法を決めようというもので、ISO-TR14069(WD) 組織の温室効果ガス排出量の定量化と報告-ISO14064-1の適用のための手引きができている。今議論されているのは、電気の使用に伴って排出されるCO2、会社が買っている商品のCO2、輸送、皆さんがここに来た地下鉄のCO2も含めなければいけない。なぜこんなに細かいかというと、先程出てきたWRI/WBCSDの組織の「スコープ3」がISOにも反映されているためである。
・スコープ1:組織から直接排出されるGHG
・スコープ2:購入するエネルギーを生産するために排出されるGHG
・スコープ3:組織が関与する全てのGHG排出量
スコープ1は事業所から直接排出されるCO2、スコープ2はエネルギーの上流から入るもの、スコープ3は組織が買っている商品、通勤、海外出張のための航空機など、15項目のカテゴリーが決まっている。
タイではすでにこれに対する対応を始めており、12の組織が、組織のカーボンフットプリントを計算する作業を始めている。これも、やっておかないと下流企業に付き合ってもらえなくなると危惧するからである。今後、組織のCFP表示はだんだん盛んになる可能性はある。
カーボンだけでなくウォーターフットプリントも
ISOでは、2009年からSC5でウォーターフットプリントも検討している。
ウォーターフットプリントとは、牛肉1kgつくるのに水が何トン使われているとか、Tシャツ1枚作るのに水が何トン使われているというもので、計算はウォーターフットプリントネットワークが作ったデータベースを用いて行う。1kgのビーフは16,000リットルの水だということになっている。どんな水を使うか、雨水か河川水か排水か、排水も汚い排水ときれいな排水とに分けるなど、とても複雑な測り方をする。いまISOで議論されているのは、水の消費の定義の仕方。水の量だけでなく、その量を使うと人の健康にどういう影響があるのかということまで含めて、ウォーターフットプリントと呼ぶかどうかという問題。例えば、上流から工場に水を引き、同じ量・質を下流に流した場合、これを水の消費と呼ぶべきかどうか。ある会社が上流で水を取り下流に流すと、その隣でたんぼを作っていた人は水を使えないから、その会社は水を消費していることになる、いや、蒸発量だけを消費とすべきであるといったことが論点になっている。
LCA計算の新しい動き
LCAでは、オゾン層破壊、酸性化、富栄養化、人間健康などという影響を考慮する。水などの量だけ数えていればよいわけでなく、必須要素として影響を考えるのがLCA。この算出方法をいま、SC5で討議している。
組織のLCAについては、ISO14072で12年6月末のタイでの総会から議論が始まる。組織のカーボンフットプリントでは出張や従業員の通勤も数えると言ったが、組織のLCAでは、GHGだけでなく、他の影響を全部数えなくてはならない。
また、ISO以外にも製品のLCAを進めようという動きがある。そうした活動の典型が、「サステナビリティ・コンソーシアム」である。
「サステナビリティ・コンソーシアム」とは、米国ウォルマート社が主導するサプライチェーンのグリーン化を先導.しようというもので、「産学が協働して、より良い製品の生産、消費、サプライチェーンによる持続可能な社会の実現をめざす」連合体。会費は一番多いプラチナ会員で約1000万円。
SMRS(sustainability measurement and reporting Standards=数え方と報告の仕方のスタンダード)は、消費者に見せるラベルではなく、生産者が量って報告するもので、共通の仕方で計算した結果を彼らの用意した共通のデータベースに載せる。それをやっていけば、バイヤーや販売社や最終ユーザーがどんな商品を買ったら良いか、使ったら良いかを決定するのに役立つでしょうというのが彼らの言い分だが、これは計算の仕方のルールを彼らが決めるということ。そのルールに則って計算したデータを、クラウドの中に載せるから、使いたい人は勝手に結果を使ってよいというしくみ。
ここに今入っている会社は、ユニリーバ、バイエルン、セイフウェイ、LG、ロレアル、P&G、ウォルマートなど。大学にも声を掛け、アカデミックパートナーとして、主要大学が名を連ねている。
先程述べたように、テスコはカーボンフットプリントから撤退して、このコンソーシアムに入ると決めているため、世界の大きな流通業者がここに集合することも考えられる。そうなると、ここで決まったルールに従わないと、なにも売れないということも心配されるので、この動きには注目が必要だ。
「サステイナビリティ・コンソーシアム」のLCAの例を見ると、イチゴヨーグルト容器のライフサイクルフローは、いちごと牛乳という原料で作り、家で消費と廃棄、保管する冷蔵庫のための電気、洗うための電気や水、パッケージのゴミと埋め立てのGHGなども入る。日本のLCAはCO2、エネルギーだけのLCAだと言われるが、現実的にはプロセスをちゃんとつなげて見ることができるのはエネルギーだけ。エネルギーを起因としたCO2と酸性雨と、水なら富栄養化しか計測できないというのが現実である。にもかかわらずコンソーシアムはエネルギー由来の環境影響だけでなく、様々な影響を見ることを考えている。
一方、欧州委員会(EC)は環境フットプリントという制度を作り、製品の環境フットプリントと組織の環境フットプリントを12年の秋までに決めると言っている。この中で、全部を一つの指標で見せなければ消費者には理解できないと「統合化」を重要視しているが、統合化の動きには危険があるとも考えている。
このように各国の動きが活発になってきた中で必要になってきたのが、データベース作りである。
いきなりデータベースの相互利用性を目標にする動きにはならないため、データベースの作り方で共通性を保とうという話になり、私もコーディネーターの一員になり、11年初めに世界の48人でガイダンスを作った。会議を湘南国際村で行ったため、このガイダンスは「湘南ガイダンス」と呼ばれている。ここで問題となったのが、将来の世界のデータベースの作り方と使い方。みんなが集まってデータベースを作り、これをユーザーに見せるのはよい。では、そのデータの健全性を誰がチェックするのか、レビューは誰がするのか、健全性を保つ保証がないと私は主張した。しかし、「ウィキペディアを見てみろ。ウィキペディアには嘘も書かれているが、嘘を書くと必ずどこかで誰かが指摘して、誰かが削除。嘘をついたらその企業が駄目になることはみんな知っているだろう」というのが他国のメンバーの意見。結局将来の姿としては、データベースをみんなで作るという結論に落ち着いた。
まとめ
カーボンフットプリントが出てくる背景には、世界の潮流として、企業は環境への影響を正直に出すべきであり、正直な会社が得をする社会にしなくてはいけないという考え方がある。一方で、一部の巨大流通業がルール作りに力を持ち、それによって世界の動向に大きな影響を与えようとし、それを無視できない状況も生まれている。こうした中で、日本企業・政府の関与が問われているというのが現状である。
*掲載している画像及び資料は、稲葉教授が講演会にて発表したデータを引用させていただいております。
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