2015.01.17
プラスチックによる海洋環境汚染 Marine Pollution by Plastic Debris
講演者:兼廣春之先生(大妻女子大学家政学部教授)
兼廣春之先生は高分子化学がご専門で、一貫して材料のご研究をなさっておられます。長年、東京水産大学(現・東京海洋大学)で教鞭をとられ、併せて海洋の環境問題に係わってこられました。現在は環境省の「海岸漂着物対策専門会議」の構成メンバーでもある兼廣先生に、海洋ごみの問題点、漂流・漂着ごみの対策等、最近の動き等についてお話をしていただきました。以下はその講演要旨と、後日、兼廣先生に追加していただいた原稿です。
- 目次
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- 11.海洋ごみの歴史、ごみの量と種類 <海洋ごみは ほとんどプラスチック?>
- 2<世界の海へ流入するごみの量と種類>
- 3<深海にもごみが!>
- 4<プラスチック生産量の増大で漂着ごみは増えている?>
- <日本の海岸に漂着、散乱するごみ>
- 2.海洋ごみの問題点 <プラスチックごみによる海洋環境汚染と生物への影響>
- 5<マイクロプラスチックによる新たな海洋ごみ問題>
- 6<プラスチック原料(レジンペレット)による海洋汚染>
- 7<川由来の海ごみ「生活の身の回りのもの」が7割以上>
- 8<海外からの漂着問題>
- ■日本海沿岸に大量に漂着する廃ポリ容器―危険な化学薬品―
- ■日本海沿岸に漂着する危険な廃棄物-医療系廃棄物-
- ■日本海の海底に投棄された漁具
- 93.日本及び国際的な取り組み <国、行政による取り組み>
- 10<海洋環境の保全に関する日韓実務者協議開催>
- 11<世界における海洋ごみ問題への取り組み/北西太平洋地域海行動計画>
- 124.プラスチックによる海洋汚染問題の解決に向けて―環境にやさしい新技術の開発― <環境低負荷型材料の開発、利用>
- 13<環境対策としての生分解性繊維の利用>
- 14<東日本大震災で発生した大量の洋上漂流物の漂着問題>
- 15<深海生物(ダイオウグソクムシ)の胃にプラスチック!>
講演中の兼廣教授
■講演者プロフィール
兼廣 春之(かねひろ はるゆき)氏
1975年 東京工業大学大学院博士課程修了(高分子化学/博士)
1975年 昭和高分子研究所勤務(現・昭和電工)
1980年 東京水産大学助手
1993年 同大教授
2003年 東京海洋大学教授(東京水産大学と東京商船大学の統合による)
2011年 東京海洋大学退官、同大学名誉教授
2011年 大妻女子大学家政学部教授 現在に至る
1.海洋ごみの歴史、ごみの量と種類 <海洋ごみは ほとんどプラスチック?>
「海洋ごみ」は“海洋を漂流しているごみ”及び“海岸に漂着したごみ”の総称で、「海ごみ」とも呼ばれています。英語でマリンリッター(Marine Litter)あるいはマリンデブリ(Marine Debris)といわれているものです。この他にも“海底に沈んでいるごみ”(海底ごみ)もあります。
戦後プラスチックの大量生産・消費が本格化するとともに、1960年頃からプラスチックの海洋流出や生物被害など、プラスチックによる海洋汚染の事例が数多く報告されるようになりました。最初に報告されたのは、1964年の「深海性のミズウオによるプラスチックの飲み込み」の事例です。ミズウオは駿河湾などの深海に生息する雑食性の魚で、ミズウオの生態を研究されている東海大学の久保田先生によれば、多くのミズウオがプラスチック片を飲み込んでいることが報告されています。
海洋に流出したプラスチックは海底に沈んでしまうものも多く、これをミズウオがエサと間違えて、飲み込んだものと思われます。このころを境に、海洋に流出したプラスチックによる生物被害の事例が世界中で多く報告されるようになりました。プラスチック製品だけでなく、漁業に使用される漁網やロープにオットセイやアザラシなどの海洋動物に絡まるといった事例も数多く報告されるようになりました。このころは、日本では遠洋漁業が盛んで、太平洋の広い海域で漁業を行っていましたので、漁網やロープによる海洋動物への絡まり被害の原因の一部が日本にもあるのではないかという指摘が国際会議等(北太平洋オットセイ委員会)でありました。
このため、日本では、水産庁が1986年頃から5年間にわたり北太平洋海域に漂流するごみの実態調査を開始しました。調査は船による目視調査で、どの海域にどのようなごみがどのくらい漂流しているか、また、どの海域にごみが集まりやすいかなどの調査が行われました。これが海洋における漂流ごみの実態調査の最初の例です。丁度、このころから海洋ごみに関する海洋環境汚染問題が国内でも注目されるようになり、国や研究者、民間のボランティア活動団体がプラスチックや漁業系廃棄物による海洋環境汚染の実態調査を開始しました。私が海洋ごみ問題に関心を持ち、調査を始めたのも丁度このころです。
90年代に入ると、海洋ごみに関する国際会議が開催されるようになり、世界規模で海洋ごみの調査や対策等の取り組みが始まりました。日本でも、気象庁や水産庁などによる日本近海及び太平洋海域の海洋ごみのモニタリング調査が行われました。
<世界の海へ流入するごみの量と種類>
世界の海に流入するごみの量は一体どのくらいあるのでしょうか?国連環境計画(UNEP)の2009年の報告書によれば、世界中で毎年64万トンのごみが海洋に流出していると推測されています。
海へ流出するごみは、①漂着ごみ(海岸に漂着しているごみ)、②漂流ごみ(海面を浮遊し続けているごみ)、③海底ごみ(海底に沈んでしまっているごみ)の三つに分類されます。 世界の海では、海域によって海流は時計回りと反時計回りの流れで循環しています。海洋に流れ出たごみはこの海流に乗って、海面を漂流します。漂流の過程で、一部は海岸に流れ着きますが、多くは海面を漂流し続けます。
図(北太平洋に浮かぶパンダの目のような「ゴミの島」)に海流の流れを示しましたが、北太平洋海域では海流は時計回りに循環しています。海面を浮遊するごみはこの海流に乗って漂流・移動し、ある海域に集まっていきます。北太平洋海域には漂流ごみが集まりやすい海域が2ヶ所あるといわれています。下図に示した2ヶ所の海域で、一つはハワイ諸島やミッドウェイ諸島周辺の海域、もう一つは日本近海の海域だといわれています。下図の黒く塗りつぶした海域が、この2ヶ所の海域で、まるでパンダの目のようですが、この海域に漂流ごみが多く集まっていることを示しています。あたかも、北太平洋海域に巨大なごみの島が2ヶ所あるように見えます。この海域には、植物プランクトンや動物性プランクトン、甲殻類、小魚などが多く集まっており、これらのエサを求めて魚や鳥などが集まってきます。一方で、海洋に流出した浮遊性のプラスチックごみや漁業系廃棄物もこの海域に多く流れ着きます。漂流ごみと海洋生物、海洋動物が共存しているため、生物への影響や被害も強く受けることになります。
現在、こうしたプラスチックによる海洋汚染問題は地球の海全体に広がっており、早急な対策が必要とされています。また、海洋ごみは一国だけの問題ではなく、国際的な対応や取り組みも必要とされています。
<深海にもごみが!>
界面を漂流してごみだけではなく、海の底にもたくさんのごみが沈んでいます(「海底ごみ」といいます)。海底にもプラスチックごみがたくさん溜まっているという報告は以前からあります。(独法)海洋研究開発機構が、今から20年以上前の1991年に、「しんかい6500(有人潜水調査船)」を使って日本海溝の海底を調査した際に、水深6,200mの深海の海底にマネキンの首が沈んでいるのを発見しました。その周辺の海底にはポリ袋やカップ麺の容器などのたくさんのプラスチック製品も沈んでいたと報告されています。このあたりの海底は、「マネキンの首」が見つかったこともあり、「マネキンバレイ」と呼ばれています。その後も、いろいろな海域の深海調査で深海に沈んでいるプラスチックが確認されています。
深海に沈んでいるプラスチック製品は買い物袋などが多くみられます。買い物袋の材質はポリエチレンですが、本来ポリエチレンは水に沈まないはずですが、海面を浮遊している間に表面に汚れが付着したりすることで、徐々に比重が1より重くなり、海底に沈んでいきます。実際、マネキンバレイ付近の海底にはポリエチレン製の買い物袋がたくさん堆積しています。
<プラスチック生産量の増大で漂着ごみは増えている?>
プラスチックは環境中では分解が非常に遅く、海洋に流出してしまうと、生態系への影響が無視できなくなりますので、プラスチック製品はどうしても悪者扱いにされてしまいます。生活用品、身の回りでプラスチック製品が多く使われるようになったこともプラスチックのマイナス面が目立つようになった背景にあるのではないかと思います。
プラスチックの生産量が増えれば廃棄物の量もそれに伴って増加しますので、海洋ごみも増加することになります。2000年頃の世界のプラスチック総生産量は1億7,800万トンでしたが、その後も生産量は年々増大し、現在では2億6,000万トン程度になっています。世界のプラスチックの生産量は決して減っていません。特に、近年は発展途上国におけるプラスチックの生産量が顕著に増大しています。
最も突出しているのが中国です。日本のプラスチック生産量の推移と比較してみますと、日本の生産量は2000年に1,400万トンでしたが、2010年には1,200万トンへと多少減少しています。一方、中国の生産量の推移を見ますと、1995年には500万トン程度であったものが2010年には4,300万トンへと大きく増大し、日本を大きく超える生産量となっています。最近の十数年で、10倍近くに増大しており、現在ではアメリカに次いで第2位の生産国となっています。
国民一人当たりの平均のプラスチックの消費量を比較してみますと、日米欧の先進国では1年間に約100kgとなっていますが、中国のプラスチックの消費量は30kg程度と、先進国の3分の1程度にとどまっています。仮に中国が先進国並みにプラスチックの使用量が増えますと(年間100kg)、現在の3倍ほどの生産量が必要ということになります。プラスチックの資源(原油)を考えると、将来、非常に深刻な影響を及ぼすことになりかねません。
プラスチックの問題だけでなく、近年、中国の沿岸域や近海の海洋汚染問題が深刻になりつつあることが指摘されています。黄砂や酸性雨、PM2.5などの化学物質による環境汚染問題や赤潮の発生、越前クラゲの大量発生などさまざまな環境問題も原因は中国にあるのではないかといわれています。
<日本の海岸に漂着、散乱するごみ>
日本は四方を海に囲まれた島国で、海を通して外国からの影響をさまざま受けています。海洋ごみについても、外国から日本に影響を与えるものがありますし、逆に日本から外国に影響を与えているものもあります。日本海側では日本は海を共有しあう中国、韓国、台湾、ロシアらの影響を受けていますが、逆に、太平洋側では日本からハワイ、アメリカ、カナダなどへの影響を与えています。海洋ごみの問題はお互いの国が影響(加害・被害)を与え合っている関係にあるといえます。
日本の海岸にはどのくらいごみが散乱しているのでしょうか?日本の海岸に漂着するごみの量については、これまで数多くの調査が行われてきましたが、実量は正確にはわかっていません。これまでの調査事例(環境省検討会)によりますと、1年間に5~6万トン程度ではないかと推定されています。日本の一般廃棄物の量が大体4,600万トン(2010年)としますと、そのうちの0.1%程度が海岸の散乱ごみになっているということになります。
一般廃棄物に占めるプラスチックの割合は20%程度といわれていますので、海岸ごみの中のプラスチックごみの量は1~2万トン程度に過ぎないようです。非常に少ない量のようですが、各地方自治体では海岸の漂着ごみの回収・処理に苦慮しているのも現状です。回収・処理にともなう費用負担が各地方自治体にとっては大きな負担となっており、その対策が必要とされています。
2.海洋ごみの問題点 <プラスチックごみによる海洋環境汚染と生物への影響>
海洋生物への影響としては、ウミガメやオットセイ、アザラシなどがプラスチックをエサと間違えて飲み込む事例はこれまでも数多く報告されています。生物被害のほかにも、魚介類の産卵場所への悪影響も与えます。また、ごみの大量散乱による自然景観への悪影響やごみの堆積による水質汚染なども引き起こします。
このほかにも、海洋に流出した漁網やロープに船舶に絡んでしまい、航行できなくなってしまうという船舶事故も数多く起こっています。小さな網やロープ片でも、一旦船舶に絡んでしまうと数万トンのタンカーでも動けなくなってしまいます。
海洋に流出して、人の管理を離れてしまった漁網・ロープが海の中で魚を獲り続けることを「ゴーストフィッシング(幽霊漁業)」といいますが、食料資源として利用されないこうしたゴーストフィッシングが漁業資源に与える影響が、近年深刻になりつつあることが指摘されています。
*ゴーストフィッシング(幽霊漁業)・・・例えば、海底に沈めたカニを漁獲するカゴ漁具が年間、大量に流出して海底に堆積し、資源(カニ)を無駄に獲りつづけています。合成繊維の網で出来ている漁具は海中では分解しないのでずっとカニを獲りつづけます。
<マイクロプラスチックによる新たな海洋ごみ問題>
海洋に流出したプラスチックは時間と共に劣化していき、小さなプラスチック片へと砕片化していきます。最近、海洋ごみ問題でこの破片化した小さなプラスチック片(マイクロプラスチックといいます)による環境汚染が新たに指摘されています。
ここで注意していただきたいのは、砕片化したプラスチックは分解してできたものではありません。形は小さなプラスチック片になっていますが、普通のプラスチックと何ら性質は変わりません。たとえ、1mm以下の目に見えないくらい微粒子状になったとしても分解しているわけではありません。劣化、崩壊して小さくなっているだけです(分解ではなく、崩壊といいます)。微粒子状のプラスチックは、小さな海洋生物に影響を与えます。海中のプランクトンが海面に浮遊する微粒子状のプラスチック微粒子を飲み込んでいるという事例が、最近報告されています。飲み込んでいるプラスチック微粒子の大きさは10~20ミクロン程度と言われています。プランクトンが飲み込んだ微粒子状のプラスチックは排出されないままプランクトンの体内に残ります。
海洋では小魚がプランクトンをエサとして食べます。当然、小魚はプランクトンと一緒にプラスチック微粒子も間接的に取り込んでしまいます。分解しないプラスチックを飲み込んで消化不良で死んでしまうものもいるでしょうし、飲み込んだプラスチックに入っている有害な化学汚染物質の影響を受けることも懸念されます。
プラスチックを飲み込んだ小魚を餌として大きな魚や鳥が食べます。さらに、それを餌として大きな魚や鳥が食べます。最終的には人の口にまで入る可能性があります。いわゆる食物連鎖でプラスチック汚染が広まっていくことが考えられます。
海洋のマイクロプラスチック問題は、プラスチックの劣化、崩壊により生じる問題です。海洋に流出したプラスチックごみが微粒子状にまで崩壊するにはかなり時間がかかります(おそらく、数年程度)。プラスチックごみは海に流れ出てから時間がたてばたつほど破片化が進み、微粒子状になり、回収ができなくなります。そのため、汚染や生物への影響は広がっていきます。問題解決には海洋に流れ出たごみの「回収処理を迅速に行う」ことが重要となってきます。それにより、二次的、三次的汚染を防ぐことができます。
<プラスチック原料(レジンペレット)による海洋汚染>
海洋のプラスチックごみの中で、プラスチック製品の製造の原料に使用されるレジンペレットの海洋流出や環境汚染問題が以前から指摘されています。レジンペレットによる海洋汚染問題について少し紹介します。
プラスチックの原料に使用されるレジンペレットはサイズが5mmぐらいの粒子状をしており、ポリエチレンやポリプロピレンをはじめとしてたくさんの種類があります。この原料のプラスチック粒が大量に海に流れ出ていることが問題となっています。プラスチックの原料が、なぜ海に流れ出るのか?プラスチック製品の成型工場は日本には数万か所あります。小規模な成形工場の多くは河川に近い場所にあります。工場ではレジンペレットを原料にいろいろなプラスチック製品を製造していますが、成形時に使用した原料のレジンペレットが床にこぼれてしまうことがよくあります。床にこぼれたペレットは、通常は回収して廃棄するのですが、一部は排水溝を通して流れ出てしまいます。流れ出たペレットは、排水溝から川へ、さらに海へと流れ出ていきます。レジンペレットの多くは比重の軽いポリエチレンやポリプロピレンですので、水に沈まないでそのまま海に流れ出ていきます。海に流れ出たペレットは海面を浮遊しながら海岸に漂着します。一部は海面を浮遊しながら海流に運ばれ、遠くの海岸や外国にまで流れ着きます。数十年前から世界の海にたくさんのレジンペレットが漂流していることが報告されています。
また、レジンペレットを飲み込むという生物被害の例も報告されています。すでに、1960年代にハワイ諸島に生息するコアホウドリがレジンペレットを飲み込んでいることが報告されています。その他にもレジンペレットによる化学汚染物質の影響も指摘されています。レジンペレットが海面を浮遊している間に海水中に含まれている微量の化学汚染物質を高濃度に吸着し、それを飲み込んだ魚や鳥への汚染物質の影響が懸念されています。
<川由来の海ごみ「生活の身の回りのもの」が7割以上>
海洋に流れ出るごみの種類は生活に由来するものが大半ですが、川から海に流れ込むものが圧倒的に多く、全体の7割以上を占めているということがわかっています。海ごみ問題を考える時、ごみの多くは川から海に流れ込んでいるという現実を認識しておく必要があります。つまり、内陸で捨てられたごみが海ごみの大きな原因となっており、海ごみを減らすには内陸で発生するごみを減らすのが最も効果的だといえます。
海ごみの多くは川から発生しているといわれています。特に、川の上流ではごみのポイ捨ても多くみられ、これが海ごみの大きな要因になっているとも言われています。
<海外からの漂着問題>
海外からの漂着ごみについて考えてみましょう。近年、問題になっている海外からの漂着ごみには、大きく①廃ポリ容器、②医療系廃棄物、③漁業系廃棄物の三つがあります。
■日本海沿岸に大量に漂着する廃ポリ容器―危険な化学薬品―
2000年頃から、毎年、冬場の1月~3月に、大量の廃ポリ容器(18~20リットル)が日本海沿岸に流れついています。その数は毎年1万個前後にのぼり、そのうち9割程度が韓国製の廃ポリ容器です。廃ポリ容器の用途について詳細に調べた結果、海苔の養殖に使用されたものであることがわかってきました。海苔養殖では網に雑草が着かないように酸処理が行われています。その時に使用する薬液(酸性の液体)を廃ポリ容器に入れて船で運び、海の上で網を酸性の液体に漬けて酸処理を行います。酸処理をした後のポリ容器は、本来は持ち帰って廃棄物として処理しなければいけないのですが、そのまま棄ててしまったものだと推測されます。
海苔養殖用の酸処理剤として使用が許可されているのは有機酸だけですが、海苔養殖業者の中には禁止されている「塩酸」を使用している漁業者も一部います。空のポリ容器に禁止されている「塩酸」を入れて使用した後、処理に困って海に投棄したものと思われます。これが廃ポリ容器の日本への漂着の原因です。
■日本海沿岸に漂着する危険な廃棄物-医療系廃棄物-
2006年頃から薬瓶、注射器、カテーテル、点滴器具類等の医療系廃棄物が大量に日本海沿岸地域に漂着しています。多い時で2万個を超える数が漂着しており、その中には中国や韓国など外国のものも含まれています。回収も困難で、非常に危険でもあり、早急な対策が必要とされます。
■日本海の海底に投棄された漁具
廃ポリ容器や医療系廃棄物のように日本の沿岸に漂着する外国からのごみの問題ではなく、外国の漁船による大量の漁具の投棄問題です。
水産庁によると、日本のEEZ(排他的経済水域)の海底から回収した投棄漁具の量は最近10年間で、総計で約1万トンになるといいます。外国の違法操業で投棄された漁具がEEZの海底に大量に海底に沈んでおり、そのままにしておくと漁業資源への影響も考えられるため、日本が自主的に海底から回収しています。深い海に沈んでいる大量の漁具を回収するのは非常に大変で、クレーンのような特殊な機器を備えた専用船を使う必要があり、回収費用は海岸に散乱するごみの回収費用の10倍以上かかるといわれています。
日本では、これまでに海底に沈んでいる1万トンの投棄漁具を回収するのに100億円の予算を使っています。
3.日本及び国際的な取り組み <国、行政による取り組み>
海外からの漂着ごみ問題は、国内だけで対応することは難しく、国際的な対応が必要となります。これまで国内での漂着ごみ対策は、調査や回収が中心であり、根本的な対策には至っていませんでした。日本での海洋ごみ問題が本格的に動き始めたのは、2005年頃からです。海洋ごみ問題はこれまでも水産庁、気象庁、国土交通省、環境省など各省庁でも調査や対策の検討が行われていました。しかしながら、各省庁が縦割りで実施していたため、実質的な効果はほとんど見られませんでした。2005年頃から環境省、国交省、外務省、内閣府をはじめとした10省庁の局長クラスによる海洋ごみ問題に対する一体的な取り組みが始まりました。その後、2007年3月に、関係省庁間の会議の中で、海洋ごみに関する「状況の把握」及び「国際的な対応も含めた発生源対策」、「被害が著しい地域(離島を中心)への対応」などの検討が行われました。
国内での海洋ごみ対策が本格的に動き始めた丁度このころに、海洋ごみに関する国際会議も始まりました。特に、日・中・韓・露の4ヶ国を中心としたNOWPAP(北太平洋地域海計画)の国際会議の中で、海洋ごみ問題について今後4ヶ国間で協同的に取り組んでいくことが決まりました。
また、国内では、自民党をはじめとした国会議員の中にも海洋ごみによる海洋汚染問題に関心を持つ代議士が増え、「美しい日本の海岸をめざして」という勉強会もスタートしました。
こうした海ごみ問題解決に向けた国内および国際的な活発な動きの中で、2009年7月に海洋ごみに関する法律、「海岸漂着物等の処理等の推進に関する法律」が制定されました。海洋ごみに関する法律が制定されたのは日本では初めてのことです。
この法律は、「海岸漂着物等の円滑な処理と発生抑制」、「組織づくりの必要性」、「国際的な協力推進」、の3つを施策の柱としています。
<海洋環境の保全に関する日韓実務者協議開催>
外国からの漂着ごみに関する国際間協力も行われています。その例を紹介します。
日本海沿岸に大量に漂着して問題となっている韓国からの海洋ごみの削減策を話し合うため、2009年に日本と韓国の二国間で実務協議が開催されました。日本からは外務省、環境省、水産庁、鳥取県、学識経験者も加わり、漂着ごみ問題や日本海海底に堆積する投棄漁具問題など、漁業環境保全問題について協議が行われ、今後、二国間で「きれいで豊かな海を共に守るための協力」を一層強化していくことが確認されました。
廃ポリ容器の漂着問題についても、2009、2010年の2年間にわたり、韓国及び日本で実務者協議(「きれいで豊かな海を共に守るための日韓実務協議」)が開催され、廃ポリ容器の漂着問題の解決に向けた取り組みを両国が連携して取り組んでいくことが確認されました。
<世界における海洋ごみ問題への取り組み/北西太平洋地域海行動計画>
海洋ごみ問題は日本だけの問題ではなくなってきています。世界各国共通の問題となっています。ここでは、海洋ごみ問題に対する世界の取り組みについて紹介します。
海洋環境保全の取り組みとしては、国連環境計画(UNEP)による「地球海計画」があります。世界の海の環境保全に関する取り決めについては、昔から海洋法がありますが、実際にはあまり効力があるものではありませんでした。
地球の海の環境保全を効果的に推進していくためには、世界の海を地域ごとの海域に分け、関連する海を共有しあう国々相互で協力し合って環境保全に取り組んでいくべきだという考えから、国連(UNEP)の中で「地球海計画」が作られました。具体的には、世界の海を地域ごとに18の海域(「地域海」といいます)に分け、それぞれ海を共有しあう国々の間で、相互に協力しながら海洋の環境問題に取り組んでいこうというものです。
日本が関連する地域海は上図の「北西太平洋」の海域に属します(NOWPAP:北西太平洋地域海計画)。主に、日本海及び東シナ海を共有しあう日本、韓国、中国、ロシアの4ヶ国が関連しています。これまでも4ヶ国間で海洋の環境保全に関してさまざまな取組みが行われてきましたが、2000年頃から新たに「海洋ごみ」問題が取り上げられるようになり、海洋ごみの実態調査や対策等の検討が行われるようになりました。
4.プラスチックによる海洋汚染問題の解決に向けて―環境にやさしい新技術の開発― <環境低負荷型材料の開発、利用>
近年、プラスチックによる海洋環境汚染対策の一つとして石油系のプラスチックに代わる環境にやさしい材料の開発、利用が検討されています。環境にやさしい材料というのは、いわゆる「生分解性プラスチック」といわれるもので、天然の素材と同じように使用後はすみやかに分解してしまうプラスチックのことです。実は、私自身の研究の専門は、生分解性プラスチックの開発や有効利用に関する研究です。
プラスチック製品は石油や石炭を原料として造られているため、自然環境中ではほとんど分解しません。また、プラスチックを製造する過程や廃棄後の処理過程(焼却)で発生する炭酸ガス(CO2)による地球温暖化への影響も懸念されています。
生分解性プラスチックはこれまでのプラスチックのように石油、石炭を原料にしていず、自然界のバイオマスを原料としていますので、使用後土に埋めれば容易に分解しますのでこれらの環境問題を解決する新しい素材として期待されています。
このような生分解性プラスチックはすでに私たちの生活製品にもすこしずつ使われ始めています。「生分解性プラスチック」は、使っている間は普通のプラスチックと同じような性質を持っており、一方廃棄後はできるだけ早く分解する性質が必要とされます。
私自身、プラスチックによる海洋環境汚染問題についてこれまで研究を進めてきています。プラスチックによる海洋汚染問題は、近年、深刻になってきており、先ほど述べたように生物に被害を与えたり、ゴーストフィッシングを引き起こしたりしており、その対策が必要とされています。漁網やロープ等の漁業資材に生分解性プラスチックを使えば、こうした生物被害を防ぐことができます。
具体的には、海洋環境中でのプラスチックの分解がどのようなメカニズムで起こるかについて研究しています。海水中には様ざまな微生物がいますが、その中にプラスチックを食べてくれる(分解する)微生物がいます。写真に示したのが、海中に浸漬した3種類の繊維の写真で、繊維がかなり分解しているのがわかると思います。特に、上の二つの繊維は著しく分解が起こっています。これは、海水中にいる微生物の分解によって起こったものです。一番下の繊維はあまり分解していませんが、よく見ると少しずつ分解していっているのがわかります。3種類の繊維ともポリエステルの一種の脂肪族ポリエステルという素材の繊維です。同じポリエステルでも繊維の種類によって海水中での分解の速さが違うことがわかります。分解の速さを制御できれば、実用的な材料として利用することが可能となります。
これまで、異なる海域の海水からプラスチックを分解する微生物を単離し、その性質を調べています。特に、最近は表層の海水からだけでなく、5,000~6,000mの深海にいるプラスチック分解微生物についても研究を行っており、これまで報告されていない新しい深海由来のプラスチック分解微生物の単離にも成功しています。
<環境対策としての生分解性繊維の利用>
すでに、生活用品には生分解性の素材でできたプラスチック製品が普及してきていますが、その量はまだ少ないのが現状です。繊維製品についても生分解性の繊維が利用され始めています。例えば、東レでは釣り糸として十数年前から自然に帰る素材を開発していますし、塩ビ製の軟質擬似餌(ワーム)の代わりに生分解性軟質ワームの実用化がすすめられています。また、衣服材料にもポリ乳酸のような生分解性繊維が利用されています。
そのほかにも、発泡スチロール製の魚箱や電化製品の緩衝材として大量に使用されている発泡スチロール製品についても、生分解性の発泡材が検討されています。
プラスチック製品の中でも、長期間使用するような耐久性が必要な製品には生分解性の素材は適さないが、短期間しか使用されないような使い捨て製品には生分解性の素材を使うべきだと思います。
先に述べたように、漁網やロープなどの漁業資材についても、ゴーストフィッシング対策として生分解性の素材でできた漁網やロープなどの利用の検討が進められていますが、まだ実用化には至っていません。
現時点で、生分解性プラスチックの利用が一部にとどまっている理由は、①通常のプラスチック素材に比べて性能が劣る(70~80%程度)ことと、②価格が高い(4~5倍)ことです。このような欠点はありますが、環境の影響を考えると生分解性プラスチックの重要性です。要は、性能の高さや価格の安さを選択するか、環境へのやさしさ、のどちらを選択するかということになります。
プラスチックによる海洋汚染の問題の対策や解決は大変難しい問題です。私たちのかけがえのない海を守るための取り組みは一国だけでなく、国を超えた世界的な取り組みも行われています。歩みはゆっくりとしているかもしれませんが、人類の英知を結集し取り組み続けていく必要があるのではないでしょうか。
最後に、【トピックス】として、
○東日本大震災で発生した大量の洋上漂流物の漂着問題
○深海生物(ダイオウグソクムシ)の胃にプラスチック!
について紹介いたします。
<東日本大震災で発生した大量の洋上漂流物の漂着問題>
東日本大震災が発生してから3年以上たちますが、地震の際に起こった津波により大量のガレキが発生し、その一部が海に流れ出て海を漂い様々な影響を与えています。現在でも一部は海洋を漂流し続けているといわれています。漂流物のその後についてご紹介いたします。
大震災で発生した岩手県、宮城県、福島県のガレキの総量は約2,500万トンといわれており、主なものは、倒壊した家屋、自動車、養殖施設、船舶(漁船)、海外防災林などとなっています。
環境省の推定によると、2,500万トンのうち海に流れ出たガレキの量は500万トンぐらいと推定されています。500万トンのうち、海底に沈んでしまったものが7割くらいの約350万トン、残りの約150万トン程度が沈まないで漂流物として海に流れ出たものと推定されています。海に流れ出た漂流ごみは、その後太平洋を横断し、一部はアメリカの西海岸やカナダの海岸に漂着しましたが、残りの多くは現在も北太平洋海域を漂流し続けています。
東日本の大震災により発生した大量のガレキの回収は早急にすべきだったのですが、当時は原発の炉心溶融による放射能汚染の緊急的な対応が必要とされましたので、ガレキの回収処理は後回しになってしまいました。時間が経つにつれ、海に流れ出たガレキは拡散していきますので、回収はますます困難になります。
震災により海に流れ出たガレキによる放射能汚染が心配されましたが、大地震後の津波によりガレキの大半は短時間で海に流れ出たため、ガレキによる放射能汚染はほとんどないものと思われます。
また、地震により海に流出した船舶や漁具、生活用品さらには巨大な桟橋等がアメリカの西海岸に漂着し、それにより漂流ごみに付着した生物が外国に流れ着くという、いわゆる外来生物による生態系への影響が心配されています。漂流ごみによる外来生物の移入は「まったくない」とはいいませんが、通常時の漂流ごみや石油タンカーでもそうしたことは起こっているはずですし、それほど深刻な問題ではないと考えています。
流出した大量のガレキがいつごろアメリカやカナダ等外国に漂着するのかという問題も指摘されていますが、環境省ではコンピュータシュミレーションによりガレキの漂流、漂着予測を行っていますが、正確な予測は結構難しいようです。
「海洋法」には、マールポール条約、ロンドン海洋投棄条約、国連海洋法条約などが定められていますが、漂流物を出した国の回収や処理責任については海洋法でも明確には定められていません。先述した「国連環境計画」の地域海計画の中でも漂流・漂着ごみの処理責任は決められていないのが現状です。今回の東日本大震災のような自然災害は、これからも起こりうることですので、漂流・漂着ごみの処理責任について、国際的な海のルールづくりが必要だと思われます。
外国に漂着したガレキの回収・処理責任はどこがすべきなのか・・・。
実は、海洋法上は責任の所在は明確にされていません。
今回の東日本の大震災によってアメリカ西海岸やカナダの沿岸に漂着したガレキの回収・処理の場合、日本政府はガレキが漂着したアメリカ及びカナダの各州に600万ドルを見舞金として提供しています。この金額は、ガレキの回収・処理費用としてではなく、各州への協力金として提供されました。
先ほど海流による漂流ごみの移動についてのシミュレーション結果を紹介しましたが、海洋に流出したガレキは、一度に漂着するのではなく、広く分散しながら漂流していき、一部は海岸に漂着し、それ以外は漂流し続ける。大半は現在も漂流し続けているものと思われます。推定では150万トンものガレキが漂流していることになりますが、海に流れ出て広く分散していったり、一部は沈んだりするものもあります。また、時間とともに海面を漂流しながら、紫外線などにより劣化、破片化が進行していきますので、思ったほど漂流ガレキの量は多くないのかもしれません。
<深海生物(ダイオウグソクムシ)の胃にプラスチック!>
本年8月の日経新聞に深海性のダイオウグソクムシ(大王具足虫/下図)の胃の中からプラスチックや繊維片、ゴム片が見つかったという記事が大きく取り上げられていました。ダイオウグソクムシというのは水深が200~1,000mぐらいの深海に生息する体長50cm、体重1kgぐらいの雑食性の深海生物です。
ダイオウグソクムシは、食べ物を摂らなくても数年は生き続けるといわれている深海性の生物で、近年生物学的に非常に注目を集めています。生息域は主にメキシコ湾などの深海ですが、日本では鳥羽、沼津及び葛西の水族館で飼育されています。
飼育中に死亡した個体を解剖したところお腹の中からゴム片や化学繊維、プラスチック片を飲み込んでいることがわかりました(右図)。おそらく、エサと間違えて飲み込んだものと思われます。海洋に流出プラスチックによる生物被害が相変わらず続いていることでかなり注目を集めました。
以上、東日本大震災で発生したガレキの現状と海洋ごみによる深海生物への影響の最近の事例をトピックスにまとめました。
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