2009.03.16

プラスチック処理促進協会の講演会 「中国におけるプラスチックリサイクルの現状」

プラスチック処理促進協会の講演会 「中国におけるプラスチックリサイクルの現状」

日本のプラスチックリサイクルに大きな影響を与えている中国。
しかし、リサイクル業界の実態や政策を知る機会は限られています。
昨年10月のサブプライム問題に端を発した世界同時不況は、中国のプラスチックリサイクルにどのような影響を与えたのか?今後の動向と日本への影響は? プラスチック処理促進協会は2009年2月4日、中国プラスチック工業会リサイクル委員会常務副会長の孫自強氏による講演会「中国におけるプラスチックリサイクルの現状」を開催し、将来展望や今後の日中プラスチック再生業界の関係についての提案も含むお話をお聞きしました。以下はその講演要旨です。

講演会場

講演会場

講演者プロフィール
孫 自強氏

上海市に1998年、亜星(太倉)再生資源開発有限公司を設立。2002年、江蘇省太倉市にプラスチックリサイクル専門工場を建設。日本からPP、PEなどの廃プラスチック原料を輸入し、前処理から、ペレット製造、製品化までの一貫生産を行う。2005年より中国プラスチック工業会リサイクル委員会常務副会長。

中国のプラスチックリサイクル事業の歴史と現状

<業界の規模>

中国には廃プラスチックのリサイクルの会社は約5万社以上あり、従業員数は50万人以上と言われています。

これは少なく見積もった数字で、実際はその倍ぐらいあるという人もいます。そのほとんどは小規模企業で約20か所の集約地にそれぞれ500~1000社が集まっています。

 

その内、廃プラの輸入加工企業1236社で、07年の輸入量は684万t、1社平均5500tの取扱量です。

輸入加工企業の特徴は沿岸地域にあること、周辺に成形工場があることです。

それ以外は国内回収された廃プラスチックをリサイクルしており、回収量は07年に800万tになり、初めて輸入量を上回りました。

国内回収の会社は飼料袋や下水道などのパイプ、農ビなどをつくっています。

中国同業の規模

中国同業の規模

<歴史>

この業界が大きくなったのは80年代からです。元々、中国はリサイクル社会で、1950年代から80年代までは国営の廃品回収システム(12万店・従業員数80万人)がありましたが、紙や鉄などの再生資源や産業廃棄物が中心で、プラスチックは珍しい時代でした。

80年代からの国営企業のシステムに代わり、個人商店や民間企業のリサイクル会社が集約地に集まり、行政管理も環境対策も「不在」の下で拡大しました。人件費が安いため、すべての工程を人海戦術でできたため、参入しやすかったのです。

 

しかし、90年代にはプラスチック製品の内需が伸び、再生原料が不足して廃プラを輸入する企業やブローカーが現れ、外資系の参入も始まりました。

それと同時に、いろいろな問題が起こり、政府は輸入スクラップをめぐる事件のたびに管理体制を強化していきました。

 

まず、96年に放射性金属スクラップの輸入事件をきっかけに、法整備が始まります。輸入スクラップ業者が国家環境局からライセンス(廃棄物輸入許可書)をもらうのは、IS014000の認証を受けるより難しいといわれるようになりました。

ライセンスの審査には半年以上かかり、輸入スクラップの荷受人も年1回登録更新しなければなりません。

商品検査局と国家環境局、所在地の市、省、北京(政府)と3つの行政区が管轄しています。

 

2005年の「青島事件」(注1)で日本からの廃プラ輸入が1年間禁止になり、海外のサプライヤーも登録制になりました。

57社が登録許可され、その後3社が登録を取り消され、現在54社でいまだに新規登録は受け付けていません。

登録された会社はCCIC(中国の商品検査機関)の立ち合い検査証を持っていないと通関できません。

 

2006年には、広東省の「南海事件」(注2)により、数千社の国内回収の会社が集まっている集約地が環境対策をとっていないという理由で工場が閉鎖され、影響は他の集約地にも及びました。

私のメイン取引がある会社も、もともと300社ぐらいのプラスチックリサイクル会社が集まっている町にありましたが、他の会社はすべて閉鎖され、最終的にその会社1社だけが残りました。

その後、輸入廃プラスチックのリサイクル団地が作られて現在に至ります。

リサイクル団地は塀に囲まれており、港で商品検査を受けた廃プラスチックをスクラップ状態で運び入れ、再生ペレットや再生品にしたものだけ門から出られるというしくみです。

 

このように許認可制、環境対策が厳しくなっていく中で、スクラップ加工企業の大型化が進みました。

約10年の間に人件費は2倍になり、選別などの前処理が人海戦術でできる時代は終わり、機械化・自動化が進んでいます。

注1)

日本の一部業者が、有害廃棄物の国家間移動などについて規制したバーゼル条約に違反し、危険性のある廃棄物を大量に中国に輸入しようとしたとして、中国政府が日本からの廃プラスチックの輸入を事実上停止した。

注2)

国内の廃プラスチックの集約地に、イギリスからの輸入廃プラスチックによる環境汚染があることが問題となり、調査の結果、同地区で廃プラスチックの輸入・加工を行う企業のうち国家の廃棄物輸入許可書を持っている企業はないことがわかった。

2008年10月の異変

中国のプラスチック業界は、右上がりの相場と巨大な内需に支えられ、100%市場原理によって成り立っています。

2007年にはドル安・原油高の中でプラスチック再生原料が奪い合いとなり、単価がどんどん上がりました。

 

それが、2008年10月のアメリカ発の経済危機で、中国への投げ売りが始まり、連休明けからプラスチックのバージン価格が暴落しました。

輸入プラスチックを扱う会社がバージン原料に目を向けたため、PP、PE、PS、PETなど汎用の廃プラ原料は1日で15円/kg下がった日が3回あり、1か月でそれまでの半値の60円/kgまで暴落して市場は一時的にショック状態に陥りました。

9月時点の日本の貿易月報では日本の廃プラ輸出平均価格は56円/kg、中国の工場に搬入した時点では海上運賃や関税がプラスされ86円/kgになるとき、日本からの輸入廃プラでリサイクルをする企業は平均43円/kgの損失となりました。

 

GNPの40%を輸出に依存する中国では他産業も大きな打撃を受けましたが、輸出型産業が集中する沿岸地域のリサイクル団地では倒産に追い込まれる企業も出ました。

 

ただし、11月の貿易月報を見ても、日本の廃プラ輸出量は2割減っただけで、日本のサプライヤーはそれほど大きな打撃を受けなかったのではないかと思います。

12月にはPET、PP、PE、EPSのインゴットの仕入れ価格は上がり始め、今はすでに取り合いの状況に入りました。私の会社でも11月中旬から販売量が元に戻りました。

まだ、エンジニアプラスチックは後発的に下がるなど、価格は不安定ではありますが、徐々に落ち着いています。

また、09年1月1日に実施された循環経済促進法で、各地方からリサイクルの促進のための資金提供をすべきだという政策も出されたので、今後も業界全体の拡大が見込まれると思います。

<業界再編成の時期>

中国の一人当たりプラスチック消費量は5年前に年間22kgだったものが08年は30kgになりました。

アメリカが100kg、日本が80kgですからまだまだ拡大する余地があります。

 

中国のプラスチック消費に廃プラリサイクルが重要な位置を占めるのは、中国の特性と関係しています。人口の多い中国では激しい寡頭競争があり、少しでも安く製品を作らなければ生き残れないため、キロ15円、20円の差でもバージンより再生原料を使いたいと取り合いになります。

こうした中で、2000年から07年までの7年間で、廃プラ輸入量は3倍以上に伸びました。これは世界の廃プラスチック輸入総量の70%に相当します。

特徴

特徴

<ピンチの時こそチャンス>

では、これからはどうか。10月以前と今で何が変わったかというと、以前の中国には拡大する内需と拡大する外需がありました。

今は内需は拡大していますが、外需は縮小しています。

しかし、今後もプラスチックの内需拡大は続くと見てよいでしょう。

政府も09年2月に内需拡大計画の一環として、TV、携帯、洗濯機、冷蔵庫の家電4品目の価格上限を設定するという政策を出しています。

また、繊維製品にする再生PET原料の内需もあります。

中国には年間500万tの生産能力がありますが、外需の縮小により稼働率が5割になったとしても250万t中150万tは輸入しなければなりません。

PETは良質な日本のものが人気がありますが、日本の年間回収量が50万tですから、それを全部輸入しても足りないのです。

 

11月に中国プラスチックリサイクル会議を北京で開いたところ、全国から二百数十社が参加し、日本、アメリカ、ヨーロッパからも関係各社が集まりました。

そこでも、悲観的な声はほとんどなく、内需の拡大がある限り、中国のプラスチックリサイクル業界には展望があるという意見が大半でした。

10月の価格暴落を経て、資金力がなく、環境対策もとれないような小さな企業や、プラスチックをよく知らないようなブローカーは淘汰されつつあります。

生き残った企業は、業界再編に向け、「ピンチの時こそチャンスである」と考えています。

 

日本との関係では、相場が不安定な中で、必ずしも値上げにつながるとは限りませんが、遠距離の欧米よりもすぐ近くの日本の原料に人気が集まり、取り合い現象は続くでしょう。

 

中国政府はリサイクル団地を整備し、スクラップの輸入許可枠を拡大しましたが、06年でも許可枠の40%しか輸入されておらず、法的な問題がない限り、スクラップの輸入禁止措置をとることはないと思います。

 

ですから、日本の皆さんへの要望として、今こそ不透明だった流通経路を見直す時が来ていると思います。

日本から中国への廃プラ輸出という現実を踏まえ、底力のある企業同士が日中国際分業のリサイクルを構築すべきではないかと訴えたいと思います。